Saturday, August 8, 2015

ずれてるやつっているじゃない


ずれてるやつっているじゃない。

なんか空気読めなくてさ、みんなの話題にもついてこれねーし。

遊びに誘ってももりあがんないんだわ。
これが。

だからいつも仲間はずれ。
まあ当然だよね。

で、あんまりずれてて、変なやつだから、

どんくらいずれてるかさ、

コンパスで図ってみたんだよ。

そしたら、ちょうど俺らと23.5度ずれてたんだよ。

あれ??

これって、地球の地軸に対する傾きとちょうど同じだけって理科で習ったな。

あれ、じゃああいつのほうが、ずれてないのか・・・・?

ひょっとしてずれてるのは俺らの方だったのかなあ。。。

Monday, November 17, 2014

贅沢な朝食

自家製のパンにバター、ただ切っただけの野菜。

それに挽きたてのコーヒー。

なんて贅沢な朝食だろう。

この家では、ミャンマーの奥地から、
ロシアから、そしてタイからやってきた三人のお手伝いさんたちが、それぞれ、パンを焼き、バターを作りコーヒーを挽く。

ミャンマーではエレベーターすら見たことがなかった、というメイドは
いまでは、パンはもちろん、西洋のおしゃれなケーキも上手に焼くようになった。
売れないモデルでもある、ハンサムなロシア人青年は
その太い二の腕で器用にコーヒーを挽く。

なんだか、とても贅沢な朝食だ。

となりには北欧の某国の大使館があって。
そこにはとてもヒステリックな奥様が住んでいて、何人もの使用人を叩き出す、というけれど、高い塀に囲まれた向こう側のことは想像するしかない。

そうだ、となりの家のこともわからないんだから、
ましてこの街のこと、隣の国のこと、世界のことなんて
想像するしかないのだ。

とにかく、こいつはとても贅沢な朝食だ。

Sunday, November 2, 2014

ポジティブちゃん


風の気持ちの良い夕方、部屋の空気を入れ替えようと少し窓を開けたら、ポジティブちゃんが飛び込んで来た。

あわてて逃がそうとしても どこにも行こうとしない。

どうやら迷いポジティブちゃんらしい。

よく見ると怪我もしている。

そのせいで、おそらく目測を誤って俺の部屋に飛びこんできたのだろう。

まあいいさ、ポジティブちゃんは幸せを運ぶっていうし。

しばらく部屋に置いておこう。

そう思って、手近にあったダンボール箱で簡単なケースを作り、ポジティブちゃんを入れてやることにした。

ポジティブちゃんが部屋に来たその日のこと。

大通りで車にはねられて、足の骨を折った。

「これで、慰謝料大もうけポジ!」

ポジティブちゃんは元気に鳴いた。

その通りだ。なんてラッキーなんだろう俺は。

一週間後、ささいな言い合いがきっかけで 彼女が家を出て行った。

「これで新しい女を作れるポジ!」

ポジティブちゃんは高らかにそう鳴いた。

その通りだ。なんて俺はラッキーなんだろう。

そのころには、ポジティブちゃんは傷も癒えたのか、少しだけ、 大きくなったように見えた。

それからというもの、嘘みたいにラッキーが続く。

すばらしく芸術的な絵をローンで買うことができたり、

電車で痴漢に間違えられて、 生まれて初めてパトカーに乗ることができたり。

しまいには、友人の借金の保証人になっていたために 貯金通帳は空になり、家財道具まで全部持って行ってもらうことができた。

何もなくなった、がらんとした部屋で、

「これで泥棒の心配は要らないポジ!」

と、ポジティブちゃんはひときわ元気に鳴いた。

うんうん。ほんとうについてる、ラッキーだ。

 そのころにはさらにポジティブちゃんは大きくなり、もうそのくちばしは猫や犬くらいならひとのみできるんじゃないかと思うくらいのサイズになっていた。

さすがに大きくなりすぎた。

そろそろ逃がしてやらなくちゃ。

自由な空へ。

そう思って俺はポジティブちゃんを箱からだそうと手をかけた。

そこで俺の記憶はぷっつりと、途切れた。。。。。。。

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男がポジティブちゃんのおりを開けようとしたその途端、

ポジティブちゃんはぐわっと突然大きな口を開け、男を丸呑みにした。

「うふふ。僕は君をたくさん幸せにしたよ。さあ、次の人にも幸せを運ばなくちゃ。」

とポジティブちゃんは独り言をいうと、窓からどこかへ飛び出して行った。

仕事もくらしもひとそれぞれ。(ハノイ)



マーク・ザッカーバーグを二回りくらいハンサムにした感じのフランス人、ベン。

フランス、スペイン、アイルランド、マルタ共和国で働いて今ベトナムにいる。
なんで、そうなったの?というと、

「うーん、彼女が転勤多かったからなあ。。。」

ああ、そうか、そういう理由もあるよね。

でも、そういう風に生活に合わせて仕事をころころ変えられるのって、
とても大事なことだよね。

大事なものがなにかというのも人それぞれだし。

でもさ、日本だとそんな風には簡単に仕事はやめられないんだ、
一つの会社に一生勤める人も居るくらいだよ。

「ああ、ヨーロッパでもね、俺たちの親の世代はそうだったよ!でも、今はそんな人、ほとんどいないよ。」

なんてことを、ベトナム名物の春巻き料理をつまみながら
のんびりした口調で話したベンもいつのまにか、
世界に12人の従業員をもつ、WordPressのプラグイン会社経営。

ま、仕事もくらしもひとそれぞれ。

Monday, October 20, 2014

米軍はこの町に爆弾を落とさなかった (ハノイ)

「米軍はこの町に爆弾を落とさなかった。」

実際のところ、落とさなかったのか落とせなかったのかは知らないがまあとにかく、ベトナム戦争の北爆からこの町は焼け残った。

ここはホワンキエム湖北部のハノイ旧市街。

そのおかげで、この一角は、中国風の旧市街と、フランス植民地時代の名残りをのこした穏やかなたたずまいの町となって、今に残る。

街角には居心地のよいカフェも多く、小さな通りに面した2階のテラスに立ち寄るのが最近の日課だ。 ベトナムの人々と話す話題は大きく二つ。

「尖閣諸島はどうなってるか?」

ということと、

「最近の日本からの客は年寄りばかりだね」

ということだ。

この国の平均年齢はぐんと若く、27歳だ。 でも、それは40年前のベトナム戦争で多くの国民が死んだから。


「米軍はこの町に爆弾を落とさなかった」が、人々の頭の上には容赦なく爆弾を落とした。


結果この国の平均年齢は27歳になり、この一角にだけ百年の町並みが残った。

ベトナムと日本には40年の時差がある。

人口構成的には日本の1970年代とほぼ同じ。

多くの国民が亡くなった第二次世界大戦から、30年経った1970年代。

日本は毎年10%、20%もの驚異的なGDP成長を記録している。

この国がそうなるかはしらないけれど、平均年齢44歳の国から来ると違和感があるくらい、町も公共の乗り物も、レストランも活気と若者であふれている。

数十年後、日本のように、米軍が落とした爆弾のことは誰も語らなくなり、この国はいまよりもずっと経済発展を遂げているのだろうか。

そのとき、百年の町並みの一角にこのカフェはまだ、残っているのだろうか。

Sunday, October 19, 2014

湖の町に雨が降って (ハノイ)

湖のほとりに雨が降ると、あたり一面が完全に水で閉ざされて、 なんだか自分もすっかり水の中の魚のような気分になる。 

服も髪も濡れているのがそもそも自然なのかもって気がしてくる。 

周りを行く人たちもたぶん、魚かカッパかなにかのたぐいだろう。 

だとしたらさしずめ俺はカエルあたりで、あの水しぶきを上げて走る人力車はのおじさんはアメンボだろう。

 そんな水の中でタクシーを止め、まだ服も乾かないまま、五分ほどでおりる。

 「このビルはシンガポールに比べると家賃は3分の1だよ。でもほら、すごくゴージャスだろ?」

 と、チェンが言ったそのビルは、たしかにピカピカでゴージャスだけど、 水に埋もれた町の中にどこか不釣り合いな感じで無愛想につったていて。 

乾いたロビーに一歩足を踏み入れると、 濡れスーツのカエル男としては、急に居心地の良い井戸の中から表に放り出されたようななんともいえない気持ちになったのである。 

さ、仕事だぜ。

 せめて人間に戻って服と髪くらいはびしっといかなくちゃね。

Sunday, September 14, 2014

人は悲しいくらい忘れていく生き物だけど、音楽はわすれてくれません (日記)

「人は悲しいくらい忘れていく生き物だから」

 。。。。。。。 

そんな風に思っていた時代が私にもありました。 

ええ、でも別に恋愛とかの話とかじゃありません。 
音楽の話ですよ、音楽の。 

最近はどうですかyoutubeやらspotifyやらで 過去の曲が山のようじゃないですか

。 。。。。いつまでも忘れてくれやしないじゃないですか。 
あなた達が忘れないことで、 音楽家は新しい曲が作れないのです。 

もう新しい表現なんてないんじゃないの? 
どうせなにかの焼きなおしになっちゃうでしょ。

 そう思ってしまうのです。 
でもそうなんです、クリエイティブって基本積み重ねだから。 

ゼロから物を生み出すことなんて普通できやしません。
 過去のなにかの積み重ねです。 
過去の積み重ねから、かろうじて新しい要素をひねり出すしかないのです。

数十万、数百万、の楽曲にワンクリックで手の届く時代 あたらしい表現ってどこにあるというのですか。 
そりゃあなた。100曲目、1000曲目くらいを作った人はまだまだ楽でしたでしょうよ。

数百万一番目の曲に価値を見いだすのはそれよりもずっとずっと難しいのです。 
過去の数百万曲になかった価値をどうやったら見いだせるというのですか。 

だからお願い。

忘れてくださいよ。


お願いだから、過去のことは忘れてくださいよ。


もう今日は作曲はやめて、昔の忘れ去れることのない名曲でも聞くことにしますよ。 

ええと、なんだっけ、あれ、あれ、 

てれてれてれてれ てれてれてれてれってイントロの 

息ができない、みたいなやつ。 

おまわりさん!みたいなバンド。 

あれ、忘れてしまったな。。。。

俺は悲しいくらい忘れていくいきものだ。